生活保護制度利用者の自動車保有についての意見書
2021年8月31日
全国青年司法書士協議会
会長 阿部健太郎
当協議会は、生活保護制度利用者の自動車保有についての現行の運用に対し、以下の通り意見を申し述べる。
第1 意見の趣旨
1 生活保護利用者の自動車保有要件を緩和し、処分価値の小さい自動車については、原則生活
用品としての保有を認めることを求める。
2 自動車に関する車検代、自賠責保険・任意保険の保険料を、一定の範囲で保護費として支給
することを求める。
3 上記に付随して、各自治体におけるケースワーカーの人員拡大と知識・見識の向上を求める。
第2 意見の理由
1 はじめに
生活保護法4条1項は、「保護は、生活に困窮する者が、その利用し得る資産、能力その他あらゆるものを、その最低限度の生活の維持のために活用することを要件として行われる」とし、保護の要件として資産の活用を定めている。
この資産の活用については、明文規定は存在せず、運用によることとなっている。
自動車の保有に関する運用は、「生活保護法による保護の実施要領の取扱いについて」(昭和 38 年4月1日・社保第 34 号・厚生省社会局保護課長通知)に基づいており、この通知の中では、自動車は基本的には生活保護法4条1項の「資産」として処分させることが適当という前提のもと、例外的に保有が認められる場合として、障がい者や公共交通機関の利用が著しく困難な地域に居住する者が通勤や通学、通院等に使用する場合等が挙げられている。
しかしこれらは、極めて限定的であり、認められた使用目的のほかは買い物などに自動車を使用することは認められておらず、自動車を「生活用品」として保有することはできないとされている。
新型コロナウイルス感染症拡大の状況下で、厚生労働省社会・援護局保護課は、令和2年4月7日付事務連絡「新型コロナウイルス感染防止等のための生活保護業務等における対応について」により、「保護開始時において、就労が途絶えてしまっているが、緊急事態措置期間経過後に収入が増加すると考えられる場合で、通勤用自動車を保有しているときは、(略)保有を認めるよう取扱うこと。」とし、また公共交通機関の利用が著しく困難な地域に居住している者の「求職活動に必要な場合」に、例としてひとり親が求職活動にあたって保育所等に子どもを預けるための送迎を行う場合も含めるなど、自動車保有要件の緩和を行っている。
しかし、この緩和はあくまで「通勤用自動車」に関する取扱いであり、依然生活用品としての自動車については保有が認められていない。
実際の各自治体においては、これらの運用に基づき保護実施を行うため、ほとんどの生活保護利用者が、保有している自動車の処分を指導されるということになっており、第39回社会保障審議会生活保護基準部会の資料「家庭の生活実態及び生活意識に関する調査について」によれば、令和元年の自動車保有率は一般世帯の78.6%に対し、生活保護世帯は4.5%となっている。
2 自動車保有の実態と国民生活における自動車の位置づけ
内閣府の消費動向調査によると、令和3年の乗用車の保有率は、単身世帯で49.1%、二人以上世帯で79.4%にも及ぶ。また、世帯主が60代以上の世帯の66.7%が乗用車を保有しており、高齢者の移動の手段として自動車はごく一般的に使用されている。
また、国土交通省の調査によると、鉄軌道については平成12年度から令和3年4月1日現在までに、全国で45路線・1157.9㎞が廃止されており、路線バスについては、平成19年度から平成28年度までに13,991km(全国のバス路線合計の3.5%程度に相当)が廃止されている。こういった公共交通網の衰退を受けて、年々自動車は生活必需品としての需要を高めていると考えられる。
当協議会は16年連続して、毎年生活保護に関する相談会を開催しているが、令和3年1月に行った『生活保護相談会』では、500件を超える相談が寄せられた。その際相談者に対して任意で自動車保有に関するアンケートを行った(結果は末尾)。
その結果によると、生活保護を利用していない回答者のうちの半数以上が自動車保有をしており、約60%が「自動車がないと生活が不便な事情がある」と回答した。
本相談会の相談者は、大半が生活に困窮しており、生活保護等の社会保障制度によって何とか生活を立て直したいと望む方々である。ほとんどが高齢者や障がい者、持病をお持ちの方等であり、通勤、通学や通院だけでなく、生活のあらゆる場面で自動車に支えられており、少ない生活費の中から保有のための費用を捻出しなければならない。こうした方々にとって自動車は生活必需品であり、趣味娯楽のための贅沢品ではない。
寄せられた相談の中には病後で体力が著しく低下し、米や調味料など重量のある品目を含む買い物には自動車が必須であり、自動車保有が認められない可能性があることを告げると、収入が最低生活費に満たないにも関わらず、「自動車がなくては生活していけない」と保護利用をあきらめてしまう、というケースも実際にあった。
自動車保有の要件を極端に限定した結果、自動車がなければ生活できない方々が生存権を侵害されてしまう、という状況が生まれているのである。
また、生活保護利用者が転居指導に従って住宅扶助の範囲内で賃貸住宅を探した場合、家賃の関係上駅から遠い地域に限定されてしまうという問題もあり、生活保護利用をしたことで交通の不便な地域に住まざるをえなくなった、という新たな問題も発生することも考えられる。このような場合に自動車を処分させることが合理的だと、果たして言えるのだろうか。
居住地が「公共交通機関の利用が著しく困難な地域」でなくとも、また通勤等に使用せずとも、自動車がなければ生活が困難になるという方は、現実に存在するのである。
現行の自動車保有に関する運用は、国民生活における自動車使用の実態と大きく乖離しており、「自立を助長するための制度」という理念に対して逆行するものである。
3 他制度との衡量
例えば、裁判所の破産手続きについては、目的の一つとして「生活困窮者の生活再建」という生活保護と共通する点を持つが、生活保護の運用とは異なり、登録後相当程度経過している自動車は資産とみなされず管財事件とならない、という運用がなされている。
事故時の損害賠償を十分に行うことができないことを、生活保護利用者に原則自動車保有が認められないことの理由とする見解も存在するところ、破産の申立てを行おうとする者も、生活保護利用者と同じく経済的に困窮している場合が多いが、事故時の賠償能力を理由として、自動車保有を禁止されることとはなってはいない。
これらは、自動車保有が申立人の生活再建に支障をきたさないと考えられるからこその運用であり、当然の運用であるともいえる。
このような他制度との衡量という点においても、生活保護利用者についてのみ自動車保有を極端に制限するような運用には、疑問を持たざるをえない。
4 自動車に関する車検代、自賠責保険料・任意保険料の保護費負担
他方、自動車という事故を起こせば重大な損害の発生する物品の保有を認めるには、その
損害に対する手当てをどうするか、という問題が残る。
この点、生活保護法第12条は、「生活扶助は、困窮のため最低限度の生活を維持することのできない者に対して、左に掲げる事項の範囲内において行われる。」とし、第1号で「衣食その他日常生活の需要を満たすために必要なもの」が挙げられている。
自動車が「生活必需品」であるのならば、その保有に付随する費用は「日常生活の需要を満たすために必要なもの」であるといえる。
自賠責保険・車検代については、自動車保有に必須の費用であるが、任意保険料についても共済まで含めるとその加入率は約90%というデータもあり、自動車保有には欠かせない費用であるといえる。
「生活保護を受けると自動車が使用できなくなるので生活保護利用をしない」という方の場合、最低生活費以下の収入から自動車関連費を支出しなければならず、そうなると任意保険に加入できないケースも少なからずあることが想定される。
こういった場合、自動車保有を前提として生活保護を利用し、ケースワーカーの指導のもとで任意保険に加入させることで、事故を起こした時の被害者保護に繋がり、かえって社会全体の安定に資すると考えられる。
現在、通勤用等として自動車保有が認められる場合には、車検代・自賠責保険・任意保険料等については必要経費として収入から控除することが認められているが、無収入者や収入が必要経費を下回る者との公平性の観点から、必要経費として控除するのではなく、最低でも車検代、自賠責保険および対人・対物に限っての任意保険料については一定程度を限度として生活扶助として保護費から支出すべきである。
5 各自治体において、ケースワーカーの人数・知識が不十分であること
そもそも一律「原則自動車は保有できない」という判で押したような取扱いがなされている背景には、各世帯における個々の事情をくみ取り、柔軟に対応することができないほど、人的余裕がない、ということも大きな理由の一つと考えられる。
また、申請窓口においては、運用を誤解または故意に曲解し、「自動車がある人は保護を受けられない」などの水際作戦が行われる、といったような国民の権利の侵害も起きている。
社会福祉法第16条はケースワーカーの標準数として、市が設置する福祉事務所においては生活保護世帯の80世帯当たり1人、郡部の福祉事務所で65世帯当たり1人と定めている。
この標準数でさえ、ケースワーカー1人が担当する世帯数としては負担が重すぎると考えられるが、そのうえ厚生労働省の調査(朝日新聞の報道による)によれば、2019年度には指定市・東京23区・県庁所在市・中核市の全国107市区のうち7割で、一人当たりの担当数が80世帯を超過しているという実態がある。
また、ケースワーカーとして職務を行うためには、社会福祉主事の資格を持たねばならないと社会福祉法15条6項では定められている。また同法19条1項本文は、「社会福祉主事は、都道府県知事又は市町村長の補助機関である職員とし、年齢二十年以上の者であって、人格が高潔で、思慮が円熟し、社会福祉の増進に熱意があり、かつ、次の各号のいずれかに該当するもののうちから任用しなければならない。」と規定し、一定の福祉関連の養成課程修了や福祉関連資格を求めている。つまり、ケースワーカーとしての質の確保も重要とされているのである。それには、豊富な経験を持つ正職員の任用が必要である。
しかし、多くの自治体が非常勤・嘱託職員を採用しており、前述の調査によれば八王子市、名古屋市、大阪市、那覇市などではケースワーカーではない非常勤職員らが高齢者世帯の訪問・支援業務を担っている。
ケースワーカーにおいても、十分な研修が受けられる環境のない中配属され、上司の指示や先輩職員の指導のもと違法な対応を行ったり、運用の変更等について知らなかったり、といった知識・情報不足や人権感覚の乏しさがしばしば見られる。
生活保護行政においては、人的な質・量ともに不十分である、と言わざるを得ない。このような状況で、利用者へのきめ細やかな対応は不可能である。
前述の当協議会が行った「生活保護相談会」でも、ケースワーカーに対する不満や不信感を訴える声が多く聞かれた。
仮に、原則自動車の生活用品としての保有が認められることになったとしても、利用者の生活実態を把握し、「健康で文化的な最低限度の生活」が送れるように配慮しなければならないことは変わりない。また、任意保険加入の有無などチェックすべきことも増えるだろう。
各自治体において、正職員のケースワーカーの人員拡大を行って一人当たりの担当世帯数を減らし、同時に研修などのフォローアップ体制を充実させ、高度な知識と見識をもった人材を配置することが、本質的に「生存権を保障する」ということにつながるのである。
6 結論
自動車の保有に関する運用は、昭和38年当時の自動車の価値や保有状況に照らしたものであり、それから50年以上が経過しているにもかかわらず、未だにこれを基準としている点において、現実との齟齬が発生していることは想像に難くない。
いまや自動車は、生活必需品である。「生活保護法による保護の実施要領について」(昭和38年4月1日・社発第246号・厚生省社会局長通知)では、生活用品の保有について「当該世帯の人員、構成等から判断して利用の必要があり、かつ、その保有を認めても当該地域の一般世帯との均衡を失することにならないと認められるものは、保有を認めること」とされている。
この通知を踏まえて、自動車を「生活用品」と考えると、まさに保有が認められてしかるべき物品であると考えられる。
前述の当協議会が実施したアンケートでは、「生活保護利用者に自動車保有を認めるべきか」との質問に対し、回答者の約60%が「認めるべき」だと回答した。
現実の生活実態に則し、生活用品としての自動車保有を継続しつつ生活保護制度を利用できるようにする、ということは、「健康で文化的な最低限度の生活」の実現にほかならない。
よって、当協議会は、意見の趣旨に記載のとおりの運用を求める。